女子美術大附属中・恵泉女学園中・大妻多摩中他 合格!

多摩地区(永山、若葉台、はるひ野、唐木田、京王堀之内、南大沢)で中学受験専門塾をお探しなら…
生徒・保護者と先生の距離が近い塾、それがLet's多摩センター校。
小規模で面倒見がいい上に先生は中学受験のプロばかり。
私立中学校とのつながりも強いのがLet'sの合格力のポイントです。


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女子美術大附属中・恵泉女学園中・大妻多摩中他 合格!

K・Sさん(別所小)

Let'sでの受験勉強編

私は昔から重度の変わり者だったと思います。みんなが出来る事が出来なかったり考え方や基準が違ったり。小さい頃からそれは変わっていなかったみたいで、母の友達に絵を教わった時も、リンゴを赤ではなく、一人だけ黒や青にぬったりして、みんなをドン引きさせたらしいです。(リンゴって黒いよね?)

みんなとは生きている世界が少しだけ違うのでしょうかね。人とはよく対立します。私にとって今まで赤だと思っていたものが青だと断言されたようなものなので、カッとなることもしばしば。それで私が反発すると相手にも同じような事が起こるらしく、両方とも一歩も退かない大紛争となってしまいます。はっきり言いましょう、地獄絵図です。

カッとなることはなくても、心の中はずっと反発してしまうことも多くありました。たとえそれが小さなことでも、何もないよりかは傷つくものです。私は嫌なことを速攻で忘れるタチですが、それは日々他の人よりもたまりやすいうっぷんを病気にならないために忘れさせる自然な心と脳の働きなのかもしれません。私はそれだけ日々反発を起こしているのです。

小さい頃よりかは分別がつくようになりましたが(でもひどいよ)、それはある意味私にとって邪魔な成長でした。社会にはとけ込めますが、人の顔の裏を毎度考えなくちゃいけないのがとにかく面倒臭く、また、私にとってはかなりのストレスでした。それに中途半端にしか成長していなかったのか、他の人よりも私は空気を読んだり、裏の顔を見たりするのが、はっきり言ってヘタくそでした。読めます。読むことはできるのですが、大体5割ぐらいは見落とします。普通の人なら1割しか落とさないものを私は5倍も見落とします。

普通の人として生きていこうとするならば、私は完全に話のできない弱者扱いになると思います。だって、中途半端だから。出来ないならばガツンと出来なければいいのに、出来るのならちゃんと出来ればいいのに。何かが引っかかって(その何かは未だ不明)、出来ないのです。私にとって普通になるということは、今日から人間をやめて猿になること。普通って嫌です。埋もれたくないです。多分さっき書いた「原因不明の何か」は、その気持ちのことだと私は思います。

周りに朱が居るなら、私は白になる。周りが白になったら、今度は私は青になる。そういうことをやっているから、私は傷がつきます。でも、嫌なものは嫌なんです、時折ものすごくストレスで死にたくなったり、急にハイテンションになったりして、心が不安定な時もありますが、嫌だから…嫌だから、私は人と違う道を歩むことを決心しました。

自分の思いを伝えるのには、それなりの学問が必要です。だから、私は受験をすることにしました。ドラマとかでちらりと見た受験のワンシーンではひたすら真顔で字を書く子が映っていたので、正直自分には受験は不釣り合いなのではないかと思ってしまうこともありました。まだ通ってないのに。

でも、物は試しとやってみることにしました。

Let'sでの塾通いは一言で易しく言うと苦痛、悪く言うと地獄でした。そもそも勉強グセがついていない状態で、学校以外の宿題をやった事がない(私はドラキッズに通っていました。友達は男しかおりませんでした。女の子が一人もいなかった…)中で、笑顔で宿題を積み上げていく先生たち。しかも、習うのは初見の知らぬ存ぜぬのオンパレード。テストは学校みたいに上手くいかないし、一週間で一単元、四教科、全部!

いやいやいやいや、残酷過ぎるだろ。

驚きと焦りであの時はアホな頭で冷や汗をだあっとかきました。もう毎日が勉強のお祭り騒ぎっといっても、四年生でしたので、ほぼ勉強してませんでしたが。(六年生になっても勉強してなかった奴←)

勉強がスパルタだったからでしょうか。そのぶん、人間関係はとても楽でした。他の塾よりも殺伐とした空気がなく、「いーなー」とうらやましがられる程。Nちゃん(親たちの間でのあだ名は神N。光ってそうだね)の天才っぷりが出たら、殺し合いが始まるわけでもなく、ひたすら「すげーやべー天才」とほめまくる風潮ができてましたし、授業中も先生の若かりし頃の話でよく盛り上がりました。ちなみに、尾方先生は2歳の時には先生になっていたそうです。公式設定では、先生たちは全員20代なので。たぶんウソ、絶対ウソ、100パーウソ、人生かけても言える。これはウソ。

まぁ、楽しい地獄でした。

Let'sの教室に入る前に、コロナの影響でトイレに行って手を洗わなければいけないのですが、私はその時間が嫌いです。なぜなら、行く時はただの地獄でしたから。Let'sの教室に入らないと、あぁ今日は○○のテストだとか、算数嫌だなぁーとか、国語は点数取れるの多いけど帝京大の問題は相性悪すぎてやりたくないなぁーとか、どうでも良いことを考えてしまうのです。Let'sの教室に入れば、それどころじゃなくなって、ぴゃーとかぎゃーとか言ってテストの件について叫んだり、「今日は…32.2度!?」と、体温を計る中国製の日本語をしゃべる下手くそな機械と「”低く”ってなんだよ。”低い”じゃないのかよ」とにらめっこするはめになるのですから。

他にもLet'sに入るとやらなければならないことがたくさんあります。毎度変なあいさつをしてくる先生から逃げたり、暗記事項を待ち伏せして質問してくる社会(私のクラスの担任ではありませんでした)の先生から逃げたり、宿題を忘れたら5時10分までに死にもの狂いで終わらせて、丸つけをする答案を忘れたら、周りにいる人たちに片っぱしから借りる説得をしたり。

六年生になったらその量は増えていて。大きな、一筋縄ではいかないテストがどの日にもあり、(私の場合は、月・水・土日が塾の日)始まる10分前には教科書を読んでいる生徒がほとんどでした。勉強することを忘れていた人はあせあせと問題文を解き、後になって勉強していたところが違い絶望する--。あ、これ、私の実体験です。

授業は意外と楽しい思い出の方があります。ドラマでよく見る「俺はガリ勉です」系の人は、あまりいませんでした。勉強のしすぎで放心状態になる人はもはやいなかったと思います。Let'sが変わった塾だったとしても、普通の塾でも放心状態になる人は少ないと思います。一定数はいるとしても、ドラマのように追い詰められて「あぁーっ!」と叫ぶ人はごく少数だと思います。少なくとも、私の周りにはいませんでした。子供って、子供の私が言うのも何ですが、大人にかくれてコソコソ何か自分の好きなことをやっていることが多いです。大人は私たちを支配しようとします。そして、支配した気になって、今時の子供はあーだのこーだのと過干渉になっていく。

子供って、そう変わるものでしょうか。そんな短時間で進化してしまうようなものなのでしょうか。私はそう思いません。子供だって、ちゃんと社会のことを考えます。政治のことも考えます。初めての人間関係になやみます。

今時の子供は自己肯定感がないと言うのは、それは心配性な大人の意見。一見無口でも、すごく図太い人だっている。このような意見は、子供をものすごく見くびっているように見えます。

今日も勉強、昨日も勉強、一昨日も勉強、明日も明後日もしあさっても勉強勉強勉強…。地獄は朝から笑顔でやってきます。受験が終わっても、こりずに地獄はやってきて、今となっては私の第二のお家です。そのお家の中の一部屋にLet'sはあります。受験地獄の部屋です。もう役目を果たし、今後美術地獄の部屋になる予定。思い出がいっぱい詰まった部屋です。文集を書くために久々に入ります。あぁ、この部屋がなくなってしまうのかぁ。ちょっとさびしいですが、少ない私の休日。存分に楽しみましょう。プリントの山に埋もれてやります。

「ただいま!」(あれっ?話題変わってないか?)



合格体験記編

合格体験記なんて言われても、役に立つ文章が正直私の中から出せるのかは分かりません。私の第一願望が、世間的に言うとマイナー!?独特?とにかく特別な形で見られる学校だったので、どちらかと言えば変わり者や傾奇者などのイメージの方が近いんです。

でも、これを読んでいる五年生や新六年生の人たちは私のような変人ではない(はず)と思います。こんな私の体験記なんて読んでも、こんなつらつらつれづれ書いている私なんかより、もっと役に立つ人の体験がここにはのっているはずです。文章だって、私よりも上手な人が仰山いると思います。内容もすべてね。さあさあ、行ってしまいなさい。

それでも読みたい物好きな方々。いないと思いますが…。(そうであってくれ)きっと無駄な時間になると思いますが、良いでしょう。読んでくれた人の一つの失敗経験にでもなってしまったら、それはそれで幸いです。

私の第一志望は中野区にある学校でした。電車で乗り換えをしながら片道一時間半の道のりを進んで行きますので、当然座っている時間はとにかくヒマです。音楽をイヤフォンで聞いたりなどいろいろなヒマつぶしはしましたが、やっぱりヒマはヒマでした。体を動かすのって大切ですね。人間観察でもしときゃ良かったと今はあの時を思い出すたび後悔しますが、その時はヒマ過ぎるがために考えたくないことを考えてしまう『地獄の思考回路』状態だったため、たぶん絶対人間観察なんて出来っこなかったと思います。

色々考えていると心の中がゆらーんゆらーんと宙に浮いた気分になって、気づいたら落っこちていた、というなぞの心情がくり返されました。でも、また平常心に戻る時があったので、まだマシな方だったと思います。世の中の、超ギリギリ成績第一志望組よりかは自分の成績と第一志望の偏差値にはゆとりがありましたし、心の中のどこかで「絶対受かってやる!」と私が叫んでいたのか、あまり物怖じすることは、初めからなかったんですよ。

新宿駅までは京王ライナーで直行し(京王ライナーに乗る時、私は「今度からこの電車に乗るの?」と言ってしまったんですよね。そんな金持ちなら良かったのにな)、乗り換えて中野区まで来た時、私は緊張の最盛期をむかえていました。母の言うことなど、頭に入ってきません。私にとって中野区に足を踏み入れることは、試験開始○○秒前と言われたも同然。半気絶状態のまま下町の複雑な道を歩き、門の前をくぐります。どんな気持ちだったと思います?絶望一色でしたよ。

門をくぐるとやはり倍率三なだけあって、他の受験生の女の子と会いました。女の子の顔はどの角度から見ても青く、自分も今そんな顔なのかななどと、つらつら考えていると、急に親近感がわき、一緒に同級生になれたら良いなと続けて思いました。女の子はたぶん父親であろう人に見送られて行きました。私も母に(ほとんど聞いていなかったのですが)、今まで通りやったらうまくいくよ、それから云々かんぬん…まあ、色々言われました。いつも言われていた定番の言葉だったので、あまり心にひびかず、後半から言われたこと全部記憶からぶっ飛んでいるんですがね…。

女の子とは、一つ違いの席でした。一番後ろの一個前の私と、一番後ろの女の子。受験じゃなかったら話かけているところでした。(ちなみに、女の子はその後合格発表を見ますと不合格でした。というか、私の後ろ13人ぐらいみんながズガガーって落ちてました。結局、あの子達二日目と三日目で受かったのかな)

さて、私の第一志望だけではなく、他の学校にも通用する『良い物』を突然ですが紹介しましょう。それは社会や暗記ものの教科書とカイロです。暗記ものの教科書は待ち時間の長い時間をつぶしてくれますし、忘れかけていたものを思い出す手助けになってくれるかもしれません。カイロは、かじかんでいうことをきかなくなった指を速攻暖めてくれますし、私の受けた学校は暖かかったので不要でしたが、コロナでガンガン窓を開けているこのご時世、カイロが命綱になる可能性もあります。私は社会の教科書とみんなのサインが入ったカイロを持って行こうとしました。

勘の良い方はもうお分かりだと思いますが、はい、私、その二つを忘れました。(てへ)

待ち時間は40分位。私は友達カイロでいやされる事もなく、社会の教科書をたたき込む事もなく、ただひたすらに受験票をながめたり周辺の音を聞いたりするむの時間を過ごしました。おまけに漢字入りのエンピツやシャープペンシルは駄目で、5本あったエンピツが3本になってしまい、いろんな意味で孤独でした。あああ…。

一時限目は国語。チャイムの音が少し違うのに若干おどろきましたが、そんな事にかまっていられる余裕はありませんでした。私の第一志望は国語は出来て当然の子達が集まる学校なので(実際、毎年百点とる子がいるらしい)、他の子より合格率を上げるためには、まずは国語で七十点台を取らなければいけませんでした。でも、私の目標は八十点台…というか、私は過去問ではいつも国語は八十点台後半でした。だから、いつものようにやれば八十点台後半は十分ぐらいの余りを取って、いつものごとく取れるはずでした。いつものごとくやればね。

漢字がとにかく気になりました。

それに、レベルが少し上がってしまったために語句しりとりが出て来て、推理力のない私は秒で死んでしまいました。あれ?おかしいぞ?と思い冷や汗が出て来ます。いつもなら十五分程度で出来る表面に二十分も掛かってしまい、今度は自分の足が動かなくなってしまいました。いつもわかる心情が、今日に限って分からない…。私にとって、それは大きな負担となってのしかかって来ました。挙句の果てには、最後の一番点数が高い問題が全く分からないという難題がガツンと背中に乗って来て、最後の問題は歯を食いしばって泣きながらやりました。(受かって本当に良かった…)チャイムが鳴り、問題用紙が回収されます。回収された時、何度か前の人達の解答用紙は優雅で簡潔にまとめられ、きれいな字で書き、約半分は白紙…。それに対して、思いつきで大体頭の中で書けた文章を書いただけの長々とした文章と、雑な字のオンパレードでありぎりぎりまで小さくしても書き切れず、詰め詰めの息抜きするひまもないような私の真っ黒な解答用紙…。二十三区民のお嬢と、八王子市という田舎からしゃしゃり出て来た庶民の超えられない壁のようなものをふっと感じて、私は下克上だなめんな庶民組ー!となぞの意地を発揮し二時限目の算数を驚異的な早さで終わらせてしまいました。

その後も、下克上心っていうか、何というか。あまりにも負けたくなさすぎて、一問でも分からなければパニック状態になる、というようなことが何度も起きました。レベルが少し上がり、英語の省略を答える問題が出て分からずパニックになった時などは深呼吸をして心を整えました。今回の試験は、深呼吸に助けられることが多かったと思います。

最後の理科が終わり、チャイムが鳴りました。手ごたえ?うーん。算数以外はまちまちでしたね。

次は面接です。気持ちを切り替え、笑顔を作ります。面接には、第一印象が大切だと私は思っているのですが、皆様方はどう思いますか?

待っている時に、私は突然人よりも変わっていると思われたいと思い始めました。ですから、普通の子は「素敵な学校だと思います」と言うところを「大きい学校だと思います」と言って、面接官をツボらせたりしました。作戦成功です。

次は滑り止め校でしたが、気持ちは軽く、気持ち良かったです。Let'sにいたからこそ、私はこう変人として生きて行けたんだと思います。何となく落ち着く。そういう空間がLet'sにはあります。やはり、精神的に良かったことが、合格につながったのだと私は思っています。


Let'sは四谷大塚準拠塾です